蒼夏の螺旋
   
“桃の祭りに”  〜シェフ殿BD記念作品



 剥き玉子みたいな色白のお顔に黒髪の、愛らしいお人形さんたちがまといしは、豪奢な緞子
どんすの金襴錦。春の到来を告げる可憐なお花、桜と橘の枝を飾り、花と雪、草、若しくは大地を表す三色の餅を用意して。白酒に、カラフルなあられもまた、様々な色彩がそのまま華やかな春の景色。雪に閉じ込められていた冬を押しのけてやって来た春の、滋養豊かな大地の黒や、花に若葉に、見えるものの豊かな彩りや恵みを象徴しており、それはまさに春爛漫をしみじみと実感する節気のお祭り。
「桜? 桃じゃあなくって?」
「そうなの。“左近の桜、右近の橘”っていってね、脇にあるのは桜と橘なんだって。」
 ふ〜んと感心したようなお声を返したものの、
「でも…どっちにしたって、今時にお花が咲いてるのっていうと、梅がせいぜいなんでしょう?」
 大通りに向いてる入口脇に設けられてる特設コーナーには、紅白の幕を巡らせたワゴンへ、雛あられに三色団子、ピンクのキャップも可愛い、小さなボトルの白酒などなどが並ぶ。それからそれから、その足元へは。アルミのスリムなバケツにたわわに差された、桃の小枝がどっさりと。まだ堅そうな蕾も見えはするが、どれへも飾って遜色無いだけの花がついており、どう見ても“温室育ち”のお嬢さんたちだとありあり判るのへと“何か変だ”と言いたげな男の子のお客様へ、
「昔の暦だと、今の4月初め頃の行事だった訳だから、もう少し暖かだっただろうから。桜も、もしかしたら桃だって咲いてたんでしょうよね。」
「昔?」
「そ。昔の暦、旧暦ってやつ。」
「…あ、そっか。そっちだと一カ月ちょっとズレるんだっけ。」
 マンション1階のミニコンビニでも、時節の品揃えは欠かさない。先月の豆まきとバレンタインが終わるとすぐにも、この桃の節句へのディスプレイを準備なさった、店長夫人のサミさんであり、
『ホントだったら節分が済んだらすぐ“こっち”なんだけどもね。』
 お商売がらでバレンタインデーのチョコのディスプレイを優先しちゃったのが、ちと口惜しいなんて。これを出して来た初日にそんなこと言ってたっけね。
『だってほら、お雛様は早く出さないと。』
『え? 早く仕舞わないと、じゃないの?』
 そんなことをお喋りしてくれてから、もう半月も経つんだなと、当日となった今日になってしみじみ思うルフィだったりし、
「ルフィんとこはどうするの?」
「ん〜っとね。ちらし寿司と焼きハマグリ、あ、酒蒸しの方がいいのかな? あと、こないだサミさんに教わった茶わん蒸し作るの。それと、ケーキとあられも買うんだよ?」
「あ、そっかぁ。ケーキもあったか。」
 ウチはケーキもお団子も、出来合いのコンビニスィーツしか置いてないからねぇ。駅前まで行くの? じゃあ気をつけて帰っといでよ? くれぐれもケーキの箱を振り回さないようにね、なんて。ゾロと同じコト言うんだもんな。

  “そんなに信用ないんかな、俺。”

 うむむとばかり小首を傾げつつ、ちょこっと考え込みかけたものの、通りに向いた大きなガラス張りの一角。雑誌を並べたスタンドの向こうから、お店の中へとそそぎ込む陽光の目映さには、やっぱりついつい口許がほころぶ。外気はまだまだ、見た目ほどにぐんと暖かいという訳には行かないのだけれど、それでもこのふんだんな金色の陽射しにあっては、ついつい
“ああ春なんだなぁ…。”
 なんて思うほど、自然と心も弾むというもので。女の子のお祭りなのにね、にぎやか華やかな空気に触れるのは、やっぱり嬉しいルフィ奥様。ウチも特別な日としての晩餐にするんだからと、ああでもない、こうでもないと店内を見て回るお買い物タイムだったりするのであった。





 現代の“核家族化”著しき日本家庭においては、広く普及している…とは年々言いがたくなりつつある代物だけれど。それでも今風の“お雛様”といえば、十二単
ひとえに衣冠束帯、錦織りのきらびやかな御召し物をまとったお内裏様にお雛様、三人官女と五人囃。左右に大臣、3人の仕丁…と、大層な顔触れを真っ赤な緋毛氈を敷いた7段くらいの段に飾ってゆくのが定番。それらの他に、タンスに長持ち、鏡台に針刺し。茶壷に香炉に、黒塗りの輿に牛車。贅を尽くした大きなものなら、百人一首に碁盤に貝合わせ、茶道具までもと取り揃えている見事なお道具の数々から察して、公家、それも最も高貴なる皇家の輿入れ…結婚式の模様を再現したものだそうだけれど、
『でも、そもそもは厄除けの人形流しが始めなんだって。』
 ついさっきサミさんに新しい蘊蓄を教わったような身でありながら、偉そうに誰かへそんな講釈をした覚えがある。
『病気とか災いとか。そういうのを肩代わりして下さいねってお祈りをしてから、川に流したお人形さんだったのが、どんどん豪華な作りになって来て。流して捨てちゃうなんて可哀想になったか、そんなこと勿体ないってくらい贅沢を極めちゃったのか。座敷に飾って娘さんが代々引き継ぐような、その家その家ごとのお宝になっちゃったんだって。』
 たいがい“教えられる側”だったものが、そういう日本文化に関しては何とか“教える側”になれるのが嬉しくて。
『ここぞとばかり生意気だぞ、お前。』
 口ではそんな憎まれを言いつつも、自分を見やる水色の瞳はそりゃあ優しかったお兄さんのこと。ふっと脈絡なく思い出したのが…ケーキ屋さんのショーウィンドウで、菜の花を模した黄色い小花のディスプレイを目にしたからだってのが穿ってる。
“…それだけじゃないもん。”
 お会計にとお財布を開いたら、週の初めに海外へと送った贈り物への発送伝票が出ても来て。いつもならすぐさまメールとかお返事とかリアクションがあるのにね。今年は何でだか、まだ うんともすんとも言って来ないサンジだから。ちゃんと向こうには着いたのかなって思ったの。
“そりゃあさ。俺なんかが作ったものなんて、子供の工作みたいなもんで。メモリアルって意味合いくらいしかないもんだろけど。”
 サンジほど資産家で、しかも伝手やら人脈やらがいっぱいある身には、手の届かないものなんかないんだろうし。その気になれば、何だってお取り寄せ出来るもんなって、
“今になってってだけじゃなくってサ。”
 世間の目からは身を隠しての、逃亡生活を続けてた時だって。いつもいつもこの日を前にすると困ってたルフィだったのは。やっぱり何でも調達出来てしまう人だったからなのと、それからね?
『誕生日? そんなもん忘れたな。』
 お前、俺が何十年生きながらえてると思っとるんだ。そんな古い話なんて覚えていられる訳がなかろと、すっぱり言ってのけたサンジであり、あんまりあっさり言ってのけられたのへぷうと膨れたルフィが…あのね?

  『………サンジ、ごめんね。』

 何十年、たった独りでいた彼なのか。彼の生まれた日を、覚えてる人も祝ってくれる人も。何十年もの長い間、いないままであったのだということを、うっかりと失念していたルフィであり、しかもしかも、そうだったんだとハッとして、ルフィが“ああ、心ないことを言っちゃった”と傷つかないようにって。そこまで考えてそっけなく話を終わらせた人。キッチンに立ってたりするところへ、ぱふりとしがみついた背中は、ルフィがずっと大好きだった人のほど、がっつり逞しくも雄々しくもなくって。

  ………でも。

 とっても暖かだったし、いい匂いがしたし。

  ………それに。

 乱暴な口利きをする人なのに、そういえば。そういう風に甘えかかっても、
“一度だって邪険に振り払われたことはなかったな。”
 すらりと撓やかで、彼なりの強かさにいつだってしゃんとしてた肩や背中は頼もしくって。いかにもな屈強さには縁がなかったけれど、それでも男らしくてカッコ良かった。かっちりとしたスーツだのジャケットだの、デザインに負けず鎧われず、ちゃんと自身の個性でねじ伏せて着こなせていた鷹揚さが、何とも小粋な大人だったのに。ワイシャツの袖まくりにギャルソンスタイルの長エプロンって間に合わせのカッコとか、寝起きのぼさぼさ頭のまんま、遠視用のメガネなんぞを鼻梁の半分ほどまでずり落としつつ新聞読んでたりする横顔だとかも、それなり決まってた変幻自在の柔軟さもあって。いつもどこかで一線引いて、何にだって斜に構えて見てたよな、クールなところがありながら。なのになのに…いつだって。

  ――― 傍にいるから、何処にもいかないからって。

 言葉だけでじゃなく態度でも仕草でも。いつもいつも示してくれてて、いつもいつもルフィのことばかり優先してくれて。それが、あのね?

  ………泣きたくなるほど優しくて、泣きたくなるほど嬉しかったから。

 今年はまだまだ半端じゃなく寒い桃の節句の風にか、それとも。ついつい思い出しちゃった懐かしい温みへか。ケーキ屋さんのディスプレイと向かい合いながら、でも、視線はケーキたちには向いてなかった。何とも懐かしい、ちょっぴり甘酸っぱい思い出に、ついのこととて浸っていたらば、
「…わっ☆」
 そんなルフィが羽織ってた、スモークピンクのダウンジャケットのポケットで、携帯電話が“む〜ん”と唸る。おっととと取り出し“ぱかり”と開けば、

  「………あvv

 そこに届いたは、それは嬉しいメッセージと可愛らしい写真が一枚。PCの方にも送っておいたからというメッセージの付け足しに、わっわっ、早く帰らなきゃってお尻に火がついちゃったルフィではあったけれど。大丈夫、ケーキの箱だけは、決して振り回したりはしませんでした。
(笑)






            ◇




  ――― ほら見て、ゾロvv サンジからメールが来たの。


 玉子焼きの香ばしい匂いがするのは、錦糸玉子を焼いたから。今日はひな祭りで、昔はゾロの父方の従姉妹の家まで、一緒にお呼ばれしては御馳走になったなぁと出掛けに話してた二人であり、
『ほら、くいな姉ちゃんとこのおばちゃんが茶巾寿司作ってくれて。』
『? 寿司っていったら、ルフィんチのおばあちゃんの五目いなりだろうが?』
『あれも美味しかったけど。お姉ちゃんチのおばちゃんのはサ、ピンクで甘い“でんぶ”っていうのが乗ってたじゃんか。』
 ウチのばあちゃんのは、味は凄げぇ上手いんだけど見栄えの“かわいい”には無頓着だったからなぁなんて、一丁前なことを言い、
『知ってるか? 最近はサ、チョコ味のばっかの ひなあられってのもあるんだと。』
『…チョコ味ばっか?』
『そ。なんかサ、ひやむぎの赤いのや緑のばっか、まとめてあるみたいで、有り難みがないよな、そういうの。』
『つか、チョコ味のひなあられって何なんだ?』
 途中から話がかみ合わなくなって、
『ゾロってば、自分の関心外のことには全然注意向かないのな。』
『うっせぇな。幼稚園まで くいなと一緒に振り袖着せられてやがったくせによ。』
『あ、あれは…。////////
 何でそゆことは覚えてるんだよーと。真っ赤になった奥方が、振り回してた小さな拳に追い立てられるように出勤し、帰って来た途端にこのお出迎え。メールに添付されてたものをプリントアウトしたらしき大判の写真は、真っ赤な毛氈に幾つものお人形たちが座した雛壇の前で、顔見知りの西欧人の若夫婦が愛娘と一緒に“ハイポーズ”を決めている和やかな一枚であり。まま、今日ばっかりはこの話題に終始してもしょうがないかと、こっそり溜息をつきながら“どら”と覗いてやり、
「おお、さすがは子煩悩だな、お雛様も揃えてやがったか。」
 ほぼ地球の裏側という、遠い欧州の空の下に住まう彼らだってのに。何でまた、遠い東洋の国の行事までフォローしているかなと。目の前にいる愛しい奥方を7年も独り占めしていたこと、まだ根に持ってでもいるのか、この金髪痩躯のお父上へはいつだって、こっそり敵愾心を忘れない旦那様が、彼には珍しくも棘のある物言いをすれば、
「後ろのはそうだけど、ほら、ベルちゃんが持ってるの。」
 こけしみたいな女雛と、それを守るようにとお袖を広げた恰好の男雛の、至ってシンプルなお雛様は、歌舞伎役者なんかの羽子板みたいな“貼り絵細工”で作られた代物で。
「………あれ? これって。」
 見覚えがなくてどうする、奥方が先月のずっと、時々 晩ご飯のお支度の時間にまでうっかり食い込ませてまでして、頑張って作ってた作品ではないか…と。一瞥で分かったあなたも凄い。
「なんだ、どっかの作品展へでも出すのかと思ってた。」
「えっへへぇvv
 珍しいことをしているなと、訊くたび言葉を濁してたルフィではあったが、こうやってそれは嬉しそうに笑ってるところを見ると、そうかそれで黙ってたなと、やっと納得。
“間に合うかどうかに自信がなかったんじゃなく、俺が焼きもち焼かないかってのを心配したか。”
 今ちょっと、胸の底がチリッとしている人には“取り越し苦労だ”なんて言えるはずもなく、何とも言えない苦笑を返すしかなくて。


  ――― 今日はあのね? サンジのお誕生日のお祝いもするの。
       あ〜?
       何だよ、その声。
       ああ、いや…その。つか、今日なのか? あいつの誕生日って。
       昨日だよ。いいじゃん、お目出度いことなんだからvv


 寂しくなると尚のこと、喧しいくらいの空元気を出してはしゃぐルフィだってことまで、いつもいつもお見通しで。その度に美味しくて愛らしいケーキを焼いてくれてた優しい人。今はナミさんとベルちゃんに、もう完全に奪られちゃってて、それが時々は寂しくもなるけど。ルフィが笑ってるのが何より好きで、ルフィが楽しそうだと嬉しいって、そんな眸で見守ってくれてた人だから。大いに幸せにならなきゃねって、決意も新たに さあ晩ご飯。ハマグリの酒蒸しにあなごのつけ焼き、グリーンアスパラの薄切り豚巻きに茶碗蒸し。テーブル中央の大皿には、錦糸玉子で飾られた、菜の花畑みたいなちらし寿司が、一足早い春の装いで でんと大きな顔で乗っており。乾杯のお声も高らかに、祝宴の席は始まって。幸せに温もった愛しの君のお顔には、どんな不満も蕩けて消える。窓の外のまだまだ冷たい風も何のそのと、春の夜長に寄り添い合ってる、今様お雛様が此処にも一組。


  ――― あのねあのね? サンジ、俺、今、凄っごい幸せだよ?



    HAPPY BIRTHDAY! TO SANJI!





  〜Fine〜  06.03.02.〜03.03.


  *微妙に誰のBD話か判りにくいですかね。
   いつもサンジさんの側ばかりが、
   あの逃避行生活をどこか懐かしそうに思い出しておりましたので、
   たまには逆があってもいいじゃないかと思いまして。
   でも、当人が出て来ないってのはやはり寂しいなぁと、
   書き上げてから実感しちゃいました。反省、反省。

ご感想はこちらへvv**

 back.gif